Believe

directed by ミック・ウォータース
featured surfers: 二ール・パーチェスjr、フィッツジェラルド・ファミリーアルベ・ファルゾンアンドリュー・キッドマン、ボー&ナット・ヤング、ジョー・ラーキン、マット・マックヒュー、他




どうやらサーフィン業界に、とあるムーブメントが起こっているのは間違いないらしい。それは、密やかに一歩づつ進められていく、一種の革命のようだ。それはサーファーという人種が自分たちのカルチャーを取り戻そうとする動きなのではないか。しばらくの間、私たちサーファーとその文化というものは、利益を優先とする大企業らに蹂躙されてきた。彼らの広告やビルボード、ばら撒かれるフリーDVD、コンテスト、ウェブキャスト、そして有名サーファーのシグネチャー・モデルなどが、私たちが思うサーフ・カルチャー、もしくはサーフ・アート、というものを埋め尽くしていた。巨額の費用、最高のフォトグラファーとフィルムメイカーたち、そして彼らが従える豪華絢爛なチーム・ライダーたちを湯水のように投げ打ち、更なる利益を求め続けるビッグ・カンパニーたち。彼らが侵攻しているサーフ・インダストリーには、個人単位で細々と活動するサーフ・アーティストたちに与えられた余地はほとんどないように見えた。

しかし、どれだけ大企業らが莫大な予算をつぎ込んでも買い取ることができないものがある。それは、サーフ・カルチャーに忽然と現れるムードであったり、いってみれば集団的意識、といったものではないか。こういった捉えどころのないほのかな流れが、時としてサーフィンというものの方向性を変えてきた。

近年のフィッシュ・デザインの流行をみてみよう。
瞬く間に世界中で受け入れられたフィッシュ・ムーブメントは、大手サーフ・カンパニーのマネージャーたちにとってすれば、夢みるものでしかないのだろう。それは自発的であり、地球規模で受け入れられたメッセージであった。しかもこの流行は、利益などのために興されたわけでは全くなかった。ただ単に、自然発生しただけだ。私たちの多くがフィッシュに乗ってみて面白いと感じたから、その輪が広がったのである。大企業が撒き散らす多額の予算やサーフ・グッズではなく、私たちひとりひとりが日々海の中で得る楽しみが口コミなどで広がることこそ、世界中に広がるムーブメントの真の原動力なのだ。フィッシュの流行は、その証明といえるのではないだろうか。

 

 

ミック・ウォータース監修の新作"Believe"は我々サーファーに強烈なメッセージを送るものになった。
"Believe"は魅力的な登場人物を集め彼らのライフスタイル切りとった、静けさに満ちたサーフィンという個人的経験に対する純粋で深い愛情をしっかりと反映した美しい作品だ。ミックが今作品で表現していることは、どこなくアンドリューの"Glass Love"に類似しているが、しっかりとミック自身の映像の捉え方や表現の仕方を打ち出している。現在、サーファーたちは本物のサーフ・アートを求める傾向にある。ビッグ・カンパニーなどのステッカーやロゴ、彼らの市場戦略に犯されていないピュアなアートワークを渇望するサーフ・カルチャーが、まるでグランドスウェルのように力強く世界中に押し寄せている。その中でもより力強い2本のうねりとして存在するのが、ミックとアンドリューなのだ。

デザインやファッションのトレンドなどに左右されずに、自分のイマジネーションを爆発させてくれるようなサーフボードに乗ればいい。先人たちに敬意を示し、若い世代を見守り、自分のしたいことをしよう。
今作"Believe"から受け取る事ができるメッセージは至ってシンプルで、なおかつ時間・世代をを超えて私たちに受け入れらるものだろう。

ラスタ、アルベ・ファルゾン、クリス・ブロック、ニール・パーチェスJr、そしてキッドマンらの極上と言ってもいいチャプターとともに、多くの最高のサーファー・シェイパーの内面に触れているシーンも"Believe"には収録されている。
スティーブ・コーニィ、ディーモン・ハーヴェイ、ボー&ナット・ヤング、レジェンド・シェイパーであるジョー・ラーキン、先進的な写真家であるディブ・ケリー、バンド"the Beautiful Girls"のマット・マクヒューらのプライベートな内面に触れる事ができる。最高のソウルサーフィン・ドキュメンテーターであるアンドリュー・キッドマンのフッテージも実に興味深い。常に映像を撮る側である彼が、自分の人生観や音楽、芸術、そしてサーフィンについてカメラの前で語るシーンは必見だ。さらに彼がフィッシュに乗ってパワフルかつスタイリッシュなリッピングを繰り返す様子も収録されている。世代を超えたサーフィンにおけるテーマ、次世代に受け継がれるべきヒトから自然に対する愛情、そしてサーフィンと音楽の更なる相乗作用。これらのアイディアも、マットが紡いだ映像にみることができる。さらに彼は、何か大切なものを失う事や深い悲しみが最高のアートを時として作り出すという現実を作品内で痛切に表現している。これは、この映像から受け取る大切なメッセージの一つだ。

 

 



"Believe"は複数のレジェンド・サーファーをその内に映しており、彼等の金言を聞く事もできる。例えば、レノックスはかの有名な"Morning of the Earth"に出演するヒーローであるし、クリス・ブロックは58歳に成ってもセルフ・シェイプのサーフボードでチャージし続けている。クリスが作品中で彼の父の言葉を回想するシーンがあり、その言葉もとても興味深いものだった。「父は私に対してよくこういったものだ。『私は生涯を通じて働いてきて、今なお頑にそうし続けている。時に人生とはなにか、なんて考えさせられてしまうけれど。でも私は思うんだ。人生っていうのは、多くのものに出会い、その中で自分がやりたいことを楽しんでやっていくものなんじゃないか、とね。』」テリー・フィッツジェラルドのシーンにおいても、彼と家族の関わりというかなり内面的な描写がなされている。抜きん出たサーフィンの才能をもつ息子とのコミュニケーションによって、彼はいままで以上にシェイピングを楽しみ、没頭しているようだ。70sスタイルのボードにのる彼の息子のライディングからは、相当なインスピレーションが得られるらしい。テリーは言う。「サーフィンというものは、多種多様なものであるべきだと思う。バリエーションが必要なんだ。単にハイパフォーマンス性を求めるだけではなく、ね。波に乗るという行為は、10点満点や100,000ドルとかいったのもで捕らえきれるものではないんだ。私たち大多数の人間にとってみればサーフィンというものは、まずテイクオフして、2,3のターンを入れて、ワイプアウトなんかして、週末は波乗りしたいんだ!と感じるものなんだ。」

世界のどこかには必ず、このようなソウル・サーフィンの復興にたいして脅威を感じている人たちもいるだろう。けれども、筆者に取ってみればフリー・サーフィンに対するポジティブなムーブメントは、プロ・ツアーや大企業ばかりにサポートを受けるサーフ・ヒーローたちに置かれた過剰な大勢のフォーカスから、もっと違う方向に波乗りという行為を導いてくれるように思える。もちろん、この流れはソウル・サーフィンやフリー・サーフィンすら売り物にする企業を生み出すという弊害を持っている。しかし、今作"Believe"のような、過剰に宣伝などを行うことなく、謙虚かつ誠実に、しかも内容の深い作品は、観るものにサーフィンとビーチ・ライフの本当の素晴らしさを再確認させてくれるものだ。

さぁ、エゴやメディアの戯言など忘れて純粋に海と触れ合おう。
一人のサーファーとして、波と向かいあっていこうじゃないか。


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